大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和54年(ネ)384号 判決

控訴人

石川博邦

右訴訟代理人

山本隼雄

外三名

被控訴人

ひばり交通株式会社

右代表者

平島豊

右訴訟代理人

山根喬

外一名

被控訴人

穴田輝行

右訴訟代理人

猪股貞雄

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が昭和五〇年九月一八日被控訴会社との間で、控訴人を買主、被控訴会社を売主として原判決別紙物件目録(一)記載の土地について売買契約を締結し、同日被控訴会社に対し、手付金一、五〇〇万円を支払つたこと、また控訴人が同日被控訴人穴田との間で、控訴人を買主、被控訴人穴田を売主として同目録(二)記載の土地について売買契約を締結し、同日被控訴人穴田に対し、手付金五〇〇万円を支払つたこと、控訴人が本件土地をパチンコ店の営業用地として使用する目的で買入れ、右使用目的が本件売買契約締結時に被控訴人らに明示されたことは当事者間に争いがなく、本件土地の近隣に札幌市立信濃中学校が存在することは、控訴人と被控訴人穴田との間で争いがない

二そこで、本件売買契約の経過についてみるに、〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

1  控訴人は、昭和五〇年八月頃、従来のパチンコ店の営業経験を生かして新規にパチンコ店を開業するため、適当な営業用地を物色していたところ、知人から本件土地が売りに出されていることを知らされたが、従前の経験から、パチンコ店を開設するためには条例(風俗営業等取締法施行条例を指す。)により、営業用地が学校、病院等の敷地から一〇〇メートル以内の場所に存在する場合には学校等の承諾が必要で、右承諾が得られない場合は、一般に公安委員会の営業許可を受けることができないことを知つていたので、右距離関係と営業用地としての適格性を確めるため、同月下旬本件土地に赴き、表側の国道一二号線上から一通り調べ、その際、看板等で本件土地の極く近隣に二つの病院が存在することは知つたが、後記信濃中学校の存在には気付かなかつたので、学校は存在しないものと思い込み、周辺の状況を地図や実地調査によりさらに詳しく確認することをしないまま、本件土地買受の意向を固め、後記のとおり本件売買契約を締結した。ところが、本件土地から一〇〇メートルの範囲内には、前記二病院のほか、北西に札幌市立信濃中学校が存在しており、このことは現地を実地に調査し、あるいは住宅地図を調査すること等によつて極めて容易に知り得る筈のものであつた。

2  控訴人は、同月末頃被控訴人穴田、仲介人嶋田修、広川清史と面談して売買条件の交渉をしたが、その際本件土地を前記営業用地として使用する計画であり、右営業許可を受けるためには一〇〇メートル以内に存在する前記二病院の承諾書が必要なのでそれを被控訴人らにおいて徴してくれるよう要望したのみで、右許可条件として学校の承諾が必要である旨の説明はしなかつた。被控訴人穴田は、右要望を承知したが、学校の承諾が必要であることは全く知らなかつたので、付近に信濃中学校が存在することについては話しをしなかつた。被控訴人穴田は、同年九月一七日前記二病院の承諾を得、「同意書」(甲第三、第四号証)を受領した。

3  控訴人は、同月一八日当時被控訴会社の代表取締役であつた被控訴人穴田、株式会社建商代表取締役植木重實及び前記仲介人両名出席のうえ、本件土地について被控訴人らとの間で本件売買契約を締結し、「不動産売買契約書」(甲第一、第二号証)を作成して前記手付金を授受した。なお、同契約書上売主をいずれも「株式会社建商」と表示したが、これは被控訴人らが税金対策上の配慮から、形式上記載したものである。右契約の際、「特記事項」として、被控訴人らは、本件土地を同年一一月二〇日限り明渡すこと及び近隣の前記二病院の承諾書を徴することのみを約した。席上、控訴人は、右承諾書さえ整えば、パチンコ店営業のための公安委員会の許可を支障なく受けることができる旨明言していたので、信濃中学校の件は一切話題に上らなかつた。

4  ところで、控訴人は、同年一〇月中旬になつて初めて信濃中学校の存在することを知つて驚き、直ぐ被控訴人穴田、植木重實らに連絡して、中学校から承諾を取りつけてくれるよう依頼した。被控訴人らとしても、約定どおり円満に残代金が決済されることを期待していたので、植木重實の協力を得て承諾を受けるべく奔走した。しかし、そのうちに約定の履行期である同月二五日が到来したので、前記売買契約締結時に参集した関係者が集まり、対策を協議したが、控訴人は残代金の支払を拒否し、被控訴人らは、控訴人において一応残代金を完済して本件土地所有権を取得したうえで、転売その他別途利用方法を考えるべきだと主張し、双方対立して結論は出なかつた。被控訴人らとしては、本件売買契約が控訴人の一方的な帰責事由によつて不履行になつた以上、本来手付金は当然没収できる約定であるが、当面中学校の承諾が得られるように控訴人に協力することにし、植木重實が中心になつてその後約一年間に亘りPTA会長、町内会長等に陳情して承諾方を懇請した。しかし、翌昭和五一年一〇月二九日付PTA会長名をもつて、遊技場開設は承諾できない旨の最終回答があり、パチンコ店の開業は不可能となつた。そこで、被控訴人らは、本件売買契約の約定に従い、控訴人の債務不履行を理由に、本件手付金を没収した。

以上の事実が認められ、〈る。〉

三控訴人は、本件売買契約の締結に際し、控訴人には表示された動機の錯誤があつた旨主張するので判断するに、前記認定事実によると、控訴人は、右契約締結にあたり、本件土地付近を極めて不十分な調査をするに止まつたため、信濃中学校の存在に気付かず、被控訴人らに対し、本件土地をパチンコ店の営業用地として使用する計画であるが、二病院の承諾書さえ整えば、公安委員会の営業許可を支障なく受けることができる旨を明言し、自らもそのように信じていたが、実際には付近に信濃中学校が存在し、その承諾書も必要であつたというのであるから、本件売買契約の締結に当り、控訴人には表示された動機の錯誤があつたものというべきである。従つて、控訴人の主張は理由がある。

四被控訴人らは、控訴人の右錯誤には重大な過失があつた旨主張するので審究するに、前記認定のとおり控訴人は、契約締結前現地を極めて不充分な調査をしたのみで、学校は存在しないものと思い込み、周辺の状況を右以上に亘つて調査するのを怠つたため、極めて容易に発見し得る中学校の存在に全く気づかなかつたものであるから、控訴人の本件土地買受けの意思表示に関し、表示された動機の錯誤については重大な過失があつたものと認めるのが相当である。従つて、被控訴人らの主張は理由がある。

五控訴人は、被控訴人らにおいて、控訴人が錯誤に陥つていること知悉しながら、これを利用して契約を締結したから、民法九五条但書の適用がない旨主張するが、前記認定のとおり被控訴人らは、控訴人が錯誤に陥つていることを知らなかつたのであるから、右主張は理由がない。

六控訴人は、本件売買契約には、被控訴人らにおいてパチンコ店開設に必要な学校等の承諾書を控訴人に交付することが、被控訴人らの義務として、約定されていた旨主張するが、前記認定のとおり学校の承諾書については全く話題にも上らず、これに関して何ら約定されていないのであるから、右主張は理由がない。

七さらに、控訴人、本件手付金の没収は権利の濫用である旨主張するが、前記認定のとおり右没収は、控訴人がその一方的な帰責事由によつて本件売買残代金の履行を怠つたことを理由として約定に従いなされたものであるから、もとより正当な権利行使であつて、これを目して権利濫用と認めるべき理由は存しない。従つて、右主張は理由がない。

八以上の次第であつて、控訴人の本訴請求はいずれも失当であり、これを棄却した原判決は相当である。よつて、本件控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法三八四条一項によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(安達昌彦 渋川満 大藤敏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例